壬生狼一家

Yahoo!ブログから引っ越ししてきた新参者です。宜しくお願いいたします。

富士山登山2007 ~馬返しからの挑戦~ 第7回

登山靴を脱ぐと一気にほっとする。これもいつものことだがお気に入りの瞬間だ。一本一本紐を外し、緩めていく、踵から靴を脱ごうとするのだが引っ掛かって中々抜けない。『わりゃ!』と力を入れると『スポッ』と抜ける。その瞬間足に外気が触れ『ひやぁ~、すぅ~』劇的に気持ちが良い。

入り口で靴袋を配りその中へ汚れきった登山靴をしまい座敷に腰を下ろす。山小屋の時計は22:20を刻んでいた。

まだ山小屋の人たちは弁当作りに没頭している。しばらくのんびり時間が流れていく。

山男は今から運ばれてくる特別なカレーを楽しみにニヤニヤしている。『オヤジ』はみすぼらしい表情を浮かべて遠くを見る目をしている。高山病へのリベンジを強く心に誓っていた女の姿は二年前と何も変わらない。返り討ちにあってしまった。山形”ドン”児は顔が別人になっている。白く何か柔らかそうに見える。既に魂を抜かれている。世界の全てが回りだした男はじっと何かをこらえているような表情だ。


それもそうだろう、山小屋到着まで10時間20分。よく戦ったぞお前ら、明日もう一勝負あるんだ、がっつり喰って即効寝ろ。


厨房も落ち着きだし、いつもの馴染みの顔がゾロゾロ出てきた。

『飯だろ! どうする? いつものか?』薄っすらと意味深な笑顔で6人の顔を見回す。
『どうする? ガッチシ喰えるやつ?』『オヤジ』と返り討ちにあった女は手を上げない。
『じゃあいつもの4つと、後は軽めで』
『OK!』嬉しそうに微笑んで厨房へ戻っていった。

食事が運ばれるまでしばしの時が流れる。周りを見渡すと座敷のあちこちには、横たわっている人たちがいる。みんな真っ白な顔をしている。皆同様に高山病に取り付かれた登山者だ。10人ほどであろうか。ピクリともしないで顔をタオルで覆いながら横たわっている。本当にキツイのである高山病は。


しばらくすると厨房の中から笑い声が聞こえだす。実はこれも毎年恒例のことだ。この笑い声が聞こえると闘志が漲ってくる。

『じゃあまずは普通の方からどうぞ』
2つの至って何の変哲も無いカレーライスが運ばれてきた。そのカレーは『オヤジ』と『ミス返り討ち』の前に置かれた。

続いて4つのカレーが運ばれてくる。

『YES!! OH! YES!!』


野生男児は嬉しそうに微笑む、山形サクランボ男爵は苦笑い、世界が回りだした男はこのカレーも回って見えている。

それらはすべて我々の前のテーブルに並ぶ。

『頂きまぁ~す!!』

これも毎年のことだが山小屋の住人は我々を見守る。微笑を浮かべたまま。
それもそのはず、ご飯は日本昔話に出てくるような超大盛り、カレーは1リットルくらいの通称”爆盛りカレー”だ。

一気にがっつく。競争のような勢いでがっつく。ものの五分で私は軽く完食。続いて野生男児、とたいらげていく。結局全員完食にて夕飯は修了。早速、寝床に入る。今日の寝床は屋根裏部屋。いつもこんなもんだ。ここは少し広々していてくつろげる。6人が横に並んで就寝だ。手前から私、世界を回す男、山形サクランボ男爵、野生男児、『オヤジ』、逆境レディーの順だ。

野生男児と私意外はおとなしく眠りに付く。我々は山小屋の外に出て眼下に広がる夜景と空に広がる星空の間で立ったまま男の話を始める。
11時を回っているがまだ登山者は下界方面からライトを頼りに上がってくる。二人は語った、立ったまま男の話をした。流石に冷え込み
寒さは身にしみるがそれでも構わず語り合った。

30ほど経ったであろうか、野生男児の携帯に一件のメールが着信した。おもむろにメールを確認すると、

『 オヤジが変な音をたてて寝ている。時折苦しそうな声を出す どうしたらいいか? これじゃ眠れない HELP ME 』

差出人は世界を回す男であった。

私たちは話しを再開し、メールのことはすぐに忘れていた。日付が変わったころ私たちは寝床に戻った。そして布団に入る


『ゲボっ、グボ、ゴホッ、ガァ~  おえっ、ピュー  ゴホゴボ』

『グス、 オー ゲプっ おえっ     ゴボゴボっ ゴボゴボっ ゴボゴボっ ゴボゴボっ』

奇妙な音が屋根裏部屋に木霊する。
これが『オヤジ』の発する奇妙な音か、まぁ無視して眠ることにしよう。


いやっ、眠れない。『オヤジ』の奇妙な音に眠れない。時刻は01:00を回ってしまった。このままでは明日の登山に差し支える。まずいぞ。早く眠らなければ。眠らなければと思えば思うほど余計に目が冴えてくる。
しばらくすると山小屋の人たちが御来光を富士山山頂で拝む人たちを起こし出す。我々は御来光はここ八合目の山小屋で迎えることにしているので起きる必要は無い。日の出時間がだいたい05:00なので04:30過ぎまでは眠っていていいのだ。約7割程度の登山者は起床し山頂へと向っていった。

当然登山に出かけた後にはいくつもの布団が空になる。結構ここがポイントで私の中でも01:00までは眠れなくても良い。自然と毎年01:00になれば広々した寝床に移動しそこからは熟睡できるのだ。我々の周りからも登山に出て行って空いた寝床が現れる。待ってましたとばかりに移動が始まる。今夜は『オヤジ』からの逃亡が主な目的だ。一人消え、二人消え、三人消えた。ふと『オヤジ』方面を覗く。

『 げげげっ!!』

私と『オヤジ』間にいた三人がすっぽり抜けており、『オヤジ』の姿を妨げていた男たちは誰一人いないのだ。それだけでない『オヤジ』は私の方向を向いて寝ている。布団も掛けずに。

今もなお続く

『ゲボっ、グボ、ゴホッ、ガァ~  おえっ、ピュー  ゴホゴボ』
『グス、 オー ゲプっ おえっ     ゴボゴボっ ゴボゴボっ ゴボゴボっ ゴボゴボっ』

に苦しむ。 逃げ出すべきか?! 耐え凌ぐべきか?! 考える・・。考える・・・。考える・・・・。


熟慮した結果、宣戦布告だ!!

『オヤジ!!   オっ ! ヤっ ! ジぃ~ !!! うっさい!!! 布団かけて寝ろよ!! 眠れねーんだよ!!!』
(・・・・・・・・・実は『オヤジ』は私より10歳年上。・・・・・・・無礼ですみません。この場を借りて謝罪します・・・)

何故かすぐに静かになった。



ふと、頭の上から声がする『そろそろ始まるよ』山小屋の住人だ。
えっ、もうそんな時間かと思い時計を確認04:50であった。
いったい私は寝むったのか?、眠れなかったのか? それすら分からない寝起きであった。


みんなを起こすとあちらこちらから声がして全員起床した。上着を着込み、一足先に山小屋の前のベストショットポイントに付く。みんなだらだらと山小屋の外に出てきた。疲労の色は消えていない。ぼぉっと赤味がかった地平線の一点を見つめる。一秒ごとに景色を変えていくご来光前の静寂に包まれた世界だ。私はこのときの流れが大好きだ。凝縮した時間の流れが瞬きすら許してくれない。



じわぁ~と、むらさき色、ぴんく色、おれんじ色、しゅう色、き色、あか色一秒ごとに色彩も変わっていく。遂に来るぞ御来光!!

シャッターを切る、何度も切る、無我夢中で切り続ける。2、3分もすると太陽は地平線より上まで上がり辺りはいつもの朝のような状態に変わっていた。本当に一瞬の出来事であった。しかしこの一瞬のために富士山に登る人々も多い。徐々に御来光を眺めていた登山者も寝床に戻ったり、朝食を摂ったりし始めていた。最後までシャッターを押し続けていたのは私であった。

(俺の声)-------------
日の出って、一度も見たこと無い人って多いんじゃないのかな。地平線から上がってくる太陽の力強さ、迫力、輝きは私もこの地、富士山でしか見たことが無い。夜釣りなんかをしていて海の海平線から登る太陽はちょくちょく目にしたことはあるが、地平線から昇る太陽はそうそうお目にかかれない。みんなも思い出してごらんよ?日の出自体見たこと無い人結構いるでしょ?絶対に見なきゃ損損。御来光は必ず見えるもんではないけど2~3回に一回くらいは見ることが出来るよ。見たこと無い人、是非来年の富士山で見てくれ。
                                                                                             ----------(俺の声)

最高に最高だよ!!


我々6人衆も寝床に戻る。時間は05:40


『よし!それじゃ、出発06:00!! それまで腹ごしらえとトイレに行っておくように!!』
『ハイ』の声がばらばらに声が返ってくる。

みんな各々食料を口に運ぶ。私は相変わらず『大豆なんですけど!!』を数本いただいた。
ザックを山小屋に預けて富士山山頂を目指す。

                                       次回へ続く・・・