壬生狼一家

Yahoo!ブログから引っ越ししてきた新参者です。宜しくお願いいたします。

富士山登山2007 ~馬返しからの挑戦~ 第6回

まだ、山男を先頭とする第二集団は登ってこない。横に座っている男は尿意をもよおして来た。

尿意男『俺ションベン出そうなんですけど』
私  『暗いしその辺でしたら、誰も見て無いし』
尿意男『そっすね、じゃあしてきます』

尿意男は登山道の少し奥の岩陰に向った。すると山小屋『白雲荘』の影から団体が一気に10名ほど上がってきた。彼らは登山道から外れ休憩を取っている私の前を通り過ぎていく。
『そっち行ったら!!!あぁ~!!!』
案の定、暗闇の中で尿意をもようした男を取り囲むようにして彼らは腰を下ろした。その腰を下ろしている1メートル離れたところに尿意男はひっそり気付かれないように息を殺している。完全に出口を塞がれた状況で『ちょっとすみません』と取り囲んでいる10名を驚かせながら出る勇気を彼は持っていない。

じっと音を立てずに耐え凌ぐ尿意男の姿を想像すると笑いが止まらない。

『既に終えた後なのか』または『これから出そうとしていた矢先の災難なのか』

後者であれば尚更笑える。しばらく休憩を取って団体は富士山登山道に戻り登っていた。

尿意男は、まだ出す前の状態で戻ってきた。

『ありえないっすよ、勘弁してくださいよ』

『しらねぇよ、勝手にそっちにいっちゃたんだから。いいからションベンしてこいよ』

かなり奥まで小便をしにいった。すると、遅れていた4人衆がちょうど上がってきた。尿意男を4人は探している。

『ここだよっ!!』

と尿意男が進んでいった方向を私のヘッドライトを照らす。思いのほか近くにいた尿意男は私のLEDの強力な光に暗闇の中からはっきりと現れた。綺麗な放物線が描かれていた。ここでようやく久しぶりに”奇声”を上げたのだった。


白雲荘で合流した6人はここから先も、2グループに分かれる。私たち2名は八合目『元祖室』に上がり、そこから先『砂走口江戸屋』まで一足先に上がる予定。ボロボロになってしまった3人衆+山男は後から付いて来る事となる。既に21時となっていた。第二集団の山男意外はすでに情け無いほどバテてしまっている。高山病なのか、疲労なのか、あと一息だ気合で山小屋を目指して来い。

『白雲荘』から元祖室までは10分ほどの距離だ。ゴールが近付くと足の運びも積極的になる。久しぶりに奇声を上げた男もぴったりと後ろを付いてきてくれている。ほぼ思い通りの時間で『元祖室』に到着した。この『元祖室』から『砂走口江戸屋』を目指すのは実は、歩きなれていないと分からない。特に真っ暗の状態で真っ直ぐ静岡側に伸びた道は見付け難い。私でもこの道は慎重に探る。ヘッドライトであちこち照らしながら道を見付けた。この道は殆どUP、DOWNがなく楽に歩くことが出来る。ここから体力を消耗することもなくなる。100メートルほど行ったところで立ち止まり休憩を取りながら残りの4人の動きを確認する。見えない、全く上がってくる人たちが見当たらない。もう21時前である。

また二人はザックを下ろすと、下界の夜景を見つめながら休息を取っていると、芦ノ湖方面から花火が上がっている。富士急方面からも花火が上がる。音楽は聞こえなくなっていた。富士山の標高3300メートルから見下ろしながら見つめている花火は、まるで線香花火のように小さく目に写る。ロマンチックではないか。素晴らしく下界は晴れ上がっているのでくっきり夜景が見え、花火もくっきりだ。
上空を見上げる、先ほど掛かっていた雲もどこかへ流れており星が満開に見える。大の字に横たわって空を見上げる。どばっと星が瞬いている。

星、花火、夜景、流れ出すのはジュンスカイウォーカーズの名曲、『すてきな夜空』だ。心で口ずさむミディアムスローな名曲に酔う。

遠くで花火が上がる。数秒遅れで聞こえてくる花火の爆発音、ゆるく心地良い風、山中湖の輪郭を描くような光の輪。上等だ、セレブな気分だ。

横に目をやる。奇声な男だ、台無しだ(ため息だ)・・・・。

何故ため息なのか?



横の奇声な男は非常に興奮している。何故だか急に興奮し始めている。それも真っ暗な誰も通らない登山道に横になったとたんだ。

『見てくださいっ!! あの星動いてます!! ほらあれですよ!! うわっ、うわわわぁ!!! あの一番大きな星です!!』
『どれだよ、どこ?? どっち?? そっち?? えっ、わかんねえょ~』
『あれですよ、ほら、あれっあれっ!! うわスゲー!! 真横に動いた!! うおっ、今グググッて ほらそこですよ』

奇声人は一生懸命私に伝えようと手で方向を指し示している。しかし、私には見えない。全く見えない。もしかしてこの男不思議な力を持っているのか本気でそう思った。私の視力は未だに2.0、横で興奮している男は0.1。私に見えて落ち着きを忘れたこの男に見えるのは何か霊的なものなのだろう。UFOか、火の玉か、悪霊か?!?!  

私も冷静を失いかけていた。何か起きているのだ!男には見える何かが!!

いくら夜空を探っても何も私には見えない。俺には霊感が無いのか?! 何故なんだぁ~!! 
こういう時こそ冷静にならなければいけない。

『他の星は動いていないのか? ちょっと他にも見えるか確認してみろよ』
『はい!!』

『ウヲォ~フォ!! こっちも動いてます!!』
『下界の夜景はどうだ?』

『あれっ?!?!』
『どうした?』 

『下界も動いてます!あれっ?! 俺もしかしてぇ、 だめだぁ! みんな回って見えます。』
『あっそ! それ高山病だよ。間違いなく。』 

また一人脱落しそうな予感。


かれこれ時間は21時半を過ぎていた。まずは先に山小屋『砂走口江戸屋』に顔を出すことにする。
5分も歩くとぼんやりと山小屋の灯りが見えてくる。本日の戦いはこれで一先ず修了だ。山小屋の前には数人ベンチに腰掛休んでいる。
入り口の戸を開けると、ぎっしり寝床に宿泊客。満員御礼だ。いつものように
『うぃ~す!』の挨拶と共に中に進む。山小屋の人は誰もいない。厨房を覗いてみると皆総出で明日の朝、宿泊客に渡すお弁当作りの真っ最中だ。2~300個作っていた。邪魔をしないように荷物を下ろし、差し入れで持ってきた品を厨房の片隅に置き、声を軽くかけてまだ到達しない4人衆を迎えに行く。
山梨県側から登坂してくる登山者を必死に探す。上がってこない。どうしたんだ、遅すぎるぞ、何かあったのか?
だんだんと不安になってくる。先程高山病発症を確認したポイントで腰掛4人衆の到着を見守る。

『やっぱり星は皆動いて見える』独り言のようにその男は星空を見上げる。
『わはははははっ!! わはははは!!』急に笑い出した。
『みんな、ぐるぐる動いてるぅ~!! わははははっ♪』

哀れな姿だ・・・。


22時を回った辺りで4つの光が下から上がってくるのが目に入った。
『おい、ちょっと大きな声で呼んでみ、多分あれだよ。』

『おぉ~い!! ナベ~!!!』
しばらくして
『おぉ~い!!』と返ってくる。

ようやく到着だ。また6人全員揃った。みんなで労を労いながら山小屋へ。

                                       次回へ続く・・・